ぎんのきつねとちっちゃいえんまさま 第2話   

「えーきさまがお昼ご飯を作ろうとする話。」





「お昼ご飯を作ってあげましょう!」
「は?」

 月見の監視と称し、映姫がだいたい週一のペースで水月苑まで通ってくるようになって、少しばかり。その日映姫がなんの前触れもなくそんなことを言い出したので、月見は目を丸くして新聞から顔を上げた。
 今は水月苑一階の掃除を終え、茶の間でお茶を飲んで休憩していたところであり、時間はなるほどちょうど昼食時。昼食の提案自体はごく自然ではある。
 しかし、

「作ってあげます、とは?」
「そのままの意味です! 私が、あなたにお昼ご飯を作ってあげましょう!」
「ふうん……?」

 映姫の瞳はやる気満々のまぶしい光を放っている。はじめはなにかの冗談かと思ったが、どうやら彼女は至って本気で言っているらしい。
 いきなりどうしたのやら、とやや考えて月見はある可能性に思い至る。
 閻魔になると同時になんの因果か幼女化してしまった映姫は、その残酷な現実に涙を流しつつ、せめて体以外のところは大人であろうと健気に努力しているという。子どもと思われたくない一心で身の丈に合わない背伸びをし、結局失敗してしまって拗ねたり涙目になったりしている彼女の姿を、月見はもう何度も目撃してきている。つまりはこの提案も、見事な料理を振る舞うことで大人な自分をアピールできると考えたが故なのだろう。
 映姫は意気揚々と声高に言う。

「美味しいお昼ご飯を作って、私が子どもじゃないってことを証明してあげます!」
「やっぱり」
「む、なにがやっぱりですか! これはとっても重要なことなんですっ! ――というわけで、台所を借りますね!」
「どうぞ」

 作ってもらえるのはありがたいし、映姫の腕前も気になるところなのでさして断る理由はない。元気いっぱい出撃していく映姫の背中を、月見は大変微笑ましい気持ちでひとしきり見送った。
 そして映姫は、一分もしないうちに涙目で戻ってきた。

「……ひ、」
「……どうした」

 まあ何事も起こらないはずはなかろうと予感はしていたが、いくらなんでも早すぎる。水月苑の台所に、映姫を門前払いするようなものなんてひとつも置いていないはずだが。
 映姫は涙をこらえながら、スカートの裾を皺くちゃにするほど鷲掴みにして、

「ふ、」
「ふ?」
「ふ、ふっ……」

 恥辱と屈辱で体がぷるぷる震え始めたところで、彼女はほとんどヤケクソになって叫ぶのだった。


「踏み台を、貸してくださいっ……!!」


 月見の心に理解の雫が落ちて染み渡る。
 そういうものなのだから当然といえば当然だが、台所という設備は彼女ほど小さすぎる童女が使うことを想定していない。否、小さな子どもには下手に使えないよう安全に配慮されているというのが正しい。無論それは、水月苑の台所だって例外ではないわけで。
 要するに、背が低すぎて流しに手が届かなかったらしく。

「う、ううう~っ……!?」

 顔面真っ赤な映姫に睨まれながら、よっこらせ、と月見は笑みの息ひとつで腰を上げた。
 悔悟棒で背中にペチペチ八つ当たりされつつ、踏み台を取りに向かう。





 と、そういうわけで踏み台を届けてやったのだが、運び終えるなり用済みだとばかりに月見は台所から叩き出された。せっかくなので少しくらいは手伝おうかと思うも、映姫はすっかりヘソを曲げてしまっており、

「手さえ届けばなにも問題はありませんっ! あなたは黙って向こうで待っていなさい! いいですね!?」
「わかった、わかったから包丁持ったまま暴れるな。危ないったら」

 月見としては至極純粋な厚意のつもりでも、それを子ども扱いだと曲解するのがこのちっちゃい閻魔様である。これ以上機嫌を悪くされてはたまらないので、月見は追い立てられるがまま小走りで茶の間へ退散した。
 と見せかけて、一分ほど置いてから引き返した。映姫に一人で料理をさせて果たして大丈夫なのか、実際にこの目で確認しなければ安心して待てるはずもない。抜き足差し足で接近し、台所の戸をこっそりと開けて、息を殺しながら慎重に中を覗き込む。

「~♪ ~♪」

 流しの前で踏み台にちょこんと乗っかり、かわいらしい鼻歌を口ずさみながら映姫は包丁を振るっていた。なるほど、言うだけあって腕に覚えはあるらしく、まな板が鳴る音は一切よどみなく軽やかである。危なっかしいどころか見事なものだ。あまり大きく覗き込むと気づかれるかもしれないので、なにを作っているのかまではわからないけれど。
 しかしあの手慣れた様子なら、できあがってからのお楽しみに取っておいてもよさそうだ。白黒きっちり分ける閻魔様なら分量を間違うこともなかろうし、なんとも立派なお昼ご飯ができあがりそうではないか。年の功で平均的な腕を身につけた程度の自分では、どうやら心配するのも烏滸(おこ)がましい話だったらしい。
 今度こそ、後ろ髪を引かれるものもなく茶の間へ退散する。元いた座布団に腰を戻し、文々。新聞の続きを読みながら待っていることとする。
 それから、五分ほどだっただろうか。襖が開き、映姫がひょこりと顔を出した。

「あのー、お味噌はどこにありますか?」
「ん?」

 月見は新聞から目を上げ、味噌のしまい場所を思い出す。藍や咲夜が場所を変えていなければ、

「流しの上にある棚だよ。開けて右から二番目の――」

 答える途中で、しかし月見ははたと気づいた。
 映姫の身長で、あの棚に届くだろうか。踏み台を使ったとしても、背伸びをしたとしてもちょっと怪しい。

「お前じゃ届かないかもな。どれ、私が取って――」

 だが新聞を置いて立ち上がりかけたところで、映姫が血相を変えて大声を出した。

「こっ、子ども扱いしないでくださいっ! 流しの上の棚ですよね!? あれくらい、」

 間、

「……あ、あれくらい余裕ですとも!」
「よし、私が取ろう」

 今の間は完全にダメなやつである。しかし映姫は聞く耳を持たず、

「だ、大丈夫だと言っているでしょう! 手助けなど不要です! いいですね!?」
「あ、おい」

 襖をぴしゃりと閉め、一目散で台所へ走っていってしまった。まったくもう、と月見は吐息する。子ども扱いが嫌なのは察するが、人の厚意くらいは素直に受け取ってくれてもいいだろうに。
 そしてだいたいこういうときに限って、派手に失敗して涙目になったりするのである。月見は立ち上がり、早歩きで映姫のあとを追いかけた。
 走らなかった己を悔やむべきか、それとも映姫の後先考えない行動力を褒めるべきか。

『ん~、ん~……! こ、このっ、あとちょっと――うひゃあ!?』

 なにが起こったのかなど、現場を見ずとも一発でわかった。廊下の途中で悲鳴が響き、踏み台が倒れ、映姫が床に落ちる派手な物音。
 それからすぐに、

『うっ、ふぐっ……! うううううぅぅぅ~!?』
「……」

 言わんこっちゃない。その場で思わず足を止め、月見は手で額を覆いながら一度嘆息し、気を取り直して一息で台所の戸を開けた。
 顔面めがけて悔悟棒が吹っ飛んできた。

「おっと」

 かがんで躱す。的を外れた悔悟棒が物悲しく転がる音を背中で聞きつつ、月見は目の前の光景が予想と寸分も違わぬことを確認する。
 倒れた踏み台、床に座り込んで半べそな映姫、並びに開けっ放しな流しの戸棚。どこからどう見ても、「味噌を取ろうと一生懸命背伸びするあまりバランスを崩して踏み台ごと転倒した」図である。

「映姫……」
「ぐっ……う、うるさいうるさいうるさいですっ! これはあなたのせいです! なんであんな高いところに置いてるんですかっ、取れないじゃないですか!?」
「いやほら、私は普通に届くから」

 月見は流しの前に立ち、ごくごく普通に戸棚を開け閉めしてみせる。
 頬を膨らませ、真っ赤な顔でぷるぷるする閻魔様のできあがりだ。

「怪我はないか?」
「へ、平気です。この程度、閻魔の私にはなんてことありませんっ」
「泣いてるように見えるけど」

 映姫は袖で目元を乱暴に拭った。りんごみたいな仏頂面で月見を睨みつけ、

「泣いてませんっ」
「本当か?」
「な、泣いてませんっ……」
「閻魔の名に誓って?」
「な、泣い、てっ……」
「……」
「……ひ、」

 映姫が再び泣き出す五秒前になったので、月見はこのへんで勘弁することにした。

「悪かった悪かった。だからそんなに睨むな」
「あ、あなたはまたそうやって、人を小馬鹿にっ」
「だから悪かったって。どれ、じっとしてろよ」
「え? ひあ!?」

 両手を映姫の脇の下に差し込んで、そのまま一息で持ち上げる。俗に言う「高い高い」というやつであり、

「な、なななっなにするんですか!? 放してください、降ろしてくださいっ!」
「暴れるなって。ほら、こうすれば手が届くだろ」

 月見がもう一度流しに立つと、持ち上げられた映姫のちょうど手前に戸棚がある。
 月見の意図を察した映姫が一瞬大人しくなるも、またすぐにじたばたと暴れ出した。

「いっ、いーやーでーすー! こんないかにも子どもらしい扱い、屈辱ですっ! 放してくださいーっ!」
「あのな、映姫。この状況から逸早く解放される方法は、さっさと味噌を取ってしまうことだぞ」
「く、くううぅ……!」

 映姫は悔しそうに歯軋りをしたが、同時に観念もしたのか、暴れるのをやめて戸棚に手を伸ばし、

「右から二番目……この壺ですね」
「そうそう。落とさないようにな」
「わかってますよ」

 映姫が味噌の壺をしっかり手に取ったのを確認し、月見は彼女をゆっくりと床に降ろした。
 映姫は壺を流しの上に置き、俯いて数秒沈黙したあと、

「ありがとうございました助かりましただからさっさと戻ってくださいもう大丈夫ですからっ!」
「いてて」

 不機嫌極まるしかめっ面で人の背中をビシバシ叩き、月見を台所から締め出した。
 締め出された月見は、「不本意ですっ、屈辱ですっ」と愚痴りながら料理に戻っていく映姫の元気な声を聞いて、ひとまずは大丈夫だろうと苦笑。茶の間に戻り、どうかこれ以上面倒は起こってくれるなと祈りながら、再び文々。新聞を手に取った。





 なお、その後はとりたてて問題が起こることもなく昼食は無事完成した。月見の予想通り、見た目、味ともに申し分ない出来栄えだったので、

「ん、美味しい。すごいじゃないか」
「そ、そうですか? えへへ……」

 率直に褒めてみると、映姫は大変満更でもなさそうに頬をだらしなく緩めて、

「ふ、ふふふ、仕方ないですねー。気分が良くなったので、先ほどの無礼は特別に不問としてあげましょう。感謝するのですよ」
「はいはい」

 普段であれば、「はいは一回!」と鋭く叱責を飛ばしてくるところのはずだが。

「料理はデキる女の嗜みですからね、これくらい当然です。なんだったら、次もまた私が作ってあげなくもないですよ。ふふふふふー」

 まったく気づかずうつつを抜かしていて喜んでいるあたり、間違いなく彼女は子どもなのだと――。
 もちろん口には出さず、そっと心の中にしまっておいた。









2018.05.28(月) 00:00  /  COMMENT(6)  /  TRACKBACK(0)

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4004/ Re: 天杜灰火さん

天杜灰火さん(非公開コメント)>
 かいかさんだ! 囲め囲め!
 まー私も、初代のアカウントをなんの前触れもなく消した人間ですからね。ある日ふーっと距離を置きたくなることってありますあります。いつかふらーっと戻ってきたくなったときは、また残念ムーブを見せてくださいね!(笑顔
 それにしても、私のツイートを確認してるということは実は私のフォロワーにいるんでしょうか。ということは、永久保存したスクショを投稿していけば灰火さんに現実を直視させることができる……?
 さておき、悔悟棒でペチペチするえーきさまって素敵だと思うんです。是非私も背中とか頭をペチペチされたい。なにかを訴えるような涙目でペチペチされたい。幼女のお説教とかご褒美です。
 彼岸から定期的に遥々通ってきて、掃除の手伝いをしたり手料理を振る舞ったり、規則正しい生活をしているか気遣ったりする。どこからどう見てもあくどい狐を監視している正義の閻魔様ですね(すっとぼけ
 私生活の忙しさ+書く習慣がなかなか戻らない+星蓮船編が全体的に難産という痛烈スリーコンボで、ちょっと本気で危機感を覚え始めてきているのはヒミツ。今までの私はどうやって隔週で更新してたんだ……_(:3 」∠)_
 ではでは、コメントありがとうございました。


2018.06.10 00:38 / 雨宮雪色 #- / URL[EDIT]
4003/ 管理人のみ閲覧できます

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2018.06.04 13:44 / # / [EDIT]
4001/ Re: 翁。弁当さん

翁。弁当さん>
 こうしてえーきさまの改訂を進めるのが三年振りとか草生えますよね。
 次はもう少し早めに更新したい、といって結局同じかそれ以上間が空くのが私クオリティな気がしてきました(銀狐次話から目を逸らしつつ
 大人映姫様はかわいいですが、幼女えーきさまだって負けないくらいかわいい。つまり映姫様はみんなかわいいのだと、これからも拙作を通して訴え続けていきたいと思います ・w・)≡3
 ではでは、コメントありがとうございました。


2018.06.02 15:14 / 雨宮雪色 #- / URL[EDIT]
4000/ Re: お銀さん

お銀さん>
>味噌取るのに飛ぶっていうか浮けばよかったんじゃないか?
 ……それを月見に指摘されて不機嫌になるえーきさまを追加しようとしていたの忘れてたー!?
 な、なんたる不覚。日々のおしごとに追われる中、とにかく更新しようと焦ってすっかり忘却の彼方でした。今から追加していいですか?(おねだりポーズ

>ちっちゃくなっても安定の残念さ!!
 ……ちっちゃくなって"も"? つまりちっちゃくない方の映姫様も……あ、いえなんでもありません。気のせいですよね、気のせい。
 ゆかりんとか是非ちっちゃくなってほしいです(まあある意味公式でちっちゃくなってますが……)。そしてぽんこつして涙目になってほしい。ふぐぐぐぐってぷるぷるしてほしい。残念力の変わらないただひとつのゆかりん。
 ではでは、コメントありがとうございました。


2018.06.02 15:02 / 雨宮雪色 #- / URL[EDIT]
3998/

どうも雨宮さん。紳士の一員、翁です。えーき様可愛い。
なんだかんだで改定前の奴は読みなおしてませんが、やっぱりえーき様は可愛い。改訂しようとしまいと同じことでしたね。えーき様可愛い。
とりあえず、これ以降の未改定の奴を読みなおしてこようと思います。えーき様可愛い。

最後に一言、『えーき様可愛い』。


2018.05.29 20:06 / 翁。弁当 #- / URL[EDIT]
3997/

ふと思ったんだが、これえーきさま味噌取るのに飛ぶっていうか浮けばよかったんじゃないか?
浮きながら料理は無理でも味噌取るぐらいなら……ただ、このえーきさまだと勢いよく飛んで天井に頭ぶつけて涙目のコンボが簡単に想像できるw
流石、幻想郷屈指の残念美人、ちっちゃくなっても安定の残念さ!!
これは他のキャラがちっちゃくなっても残念さは変わらなさそうだなー。


2018.05.29 16:41 / お銀 #- / URL[EDIT]

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